2019年4月14日日曜日

南野森編『〔新版」法学の世界』(日本評論社,2019年)

2013年に別冊法学セミナーとして刊行された南野森編『法学の世界』(日本評論社)が,一部執筆陣を入れ替えて,新版として刊行された。旧版は,法学部・法科大学院で勉強する内容や法学研究の最前線の動きを的確かつオーソドックスに紹介していた名著であった。私自身,旧版における叙述から多くを学び,また,知らなかった文献を手に取った。

新版では,いくつかの法分野で執筆者が入れ替わっている。民法については西希代子(慶應)から原田昌和(立教)へ。刑法については橋爪隆(東大)から和田俊憲(慶應)へ。国際法については寺谷広司(東大)から森肇志(東大)へ。行政法については磯部哲(慶應)から興津征雄(神戸)へ。労働法は桑村裕美子(東北)から大内伸哉(神戸)へ。社会保障法は笠木映里(ボルドー)から永野仁美(上智)へ。商法は川村力(北大)から得津晶(東北)へ。民事訴訟法は八田卓也(神戸)から垣内秀介(東大)へ。刑事訴訟法は笹倉宏紀(慶應)から緑大輔(一橋)へ。法哲学は大屋雄裕(慶應)から 安藤馨(神戸)へ。英米法は安部圭介(成蹊)から溜箭将之(立教)へ。租税法は藤谷武史(東大)から神山弘行(一橋)へ。経済法は滝澤紗矢子(東北)から大久保直樹(学習院)へ。知的財産法は島並良(神戸)から小島立(九大)へ。

新規に,少年法(武内謙治=九大),情報法(成原慧=九大)が加わっている。憲法(南野森=九大),法社会学(飯田高=東大),フランス法(齋藤哲志=東大),倒産法(水元宏典=一橋),環境法(島村健=神戸),国際私法(横溝大=名大)については執筆者の交替はない。「海外留学よもやま話」の4名の執筆者はいずれも入れ替わっている。

ざっと目を通したが,この新版も,自信を持っておすすめできる本に仕上がっている。南野さんと編集者である上村真勝さんの力量に頭がさがる。 法学に関心のある社会人の方はもちろん,法学部を考えている高校生・浪人生の方にも,是非手に取ってもらいたい。ワクワクするような勉強が法学部でできるということが,よくわかるはずだ。

実は,この本については,執筆者の一部の方から献呈を受けている。ここでは,それらの方の執筆部分について少しだけ感想を述べることにしたい。

まず,憲法(南野)。初版の優れた記述が維持されていて嬉しい。憲法,という日本語の意味というところから,無理なく,実質的な意味での憲法がなぜ重要なのか,それについて学ぶことにどのような意味があるのか,ということを教えてくれる。南野さんは,東大法学部研究室の先輩にあたるが,これまで,それほどご一緒する機会は多くなかった。しかし,昨年秋の日本公法学会の際に声をかけていただいた機会に皆で食事をして,南野さんの研究者・教育者としての決意と責任感を目の当たりにした。私自身も大学生の頃教えていただいて,また書かれたものを読んで大変感銘を受けた樋口陽一先生の『憲法』が参考文献の最初のものとして挙がっているのも喜ばしい。これは,確かに少し古いが,特に人文系のバックグラウンドの方に読んでほしいと思う本である。

刑法(和田)。親しい友人であることを別にしても,今回,一番はっとさせられたのが,この刑法の部分である。「想像または妄想の重要性」題して,とりわけ主観的要素が犯罪の構成要素とされていることの危うさをヴィヴィッドに示してくれている。刑罰というものが場合によってはいかに危険なものになりうるかを説くことで, 同時に刑法について考えることの重要性を浮き彫りにしてくれている。

行政法(興津)。最もお世話になっている同僚の一人である。彼との議論から学ぶことは,本当に多い。彼の強みは,問題状況をたちどころに理解して考えるための枠組みを示せるところにある。今回の叙述も,その本領が発揮されている。法律の留保を素材として行政法学に依拠して考えることの有用性を示してくれている。行政活動の4分類の図で一応の整理がされて読者としては納得するが,すぐにこの分類を支えている2つの二分法が成り立つのか,と考えてしまう。そして,私はすでに行政法を考えることの面白さに取り憑かれてしまっていることに気づくのである。

法哲学(安藤)。言わずと知れたスーパースター。普通に会話していても十分に面白くまた楽しいのでそれで満足してしまい,なかなか安藤の論文や著書を精読しようという気にならない,という困った事態が生じている(あらゆる安藤成分を吸収しようと努めている世の中の安藤ファンには怒られそうだが)。本人から,実はここに注目してほしいと教えられた毒の要素も面白いのだが,そのことはここで書くべきではないだろう。むしろ,私は,(恥ずかしながら)頭の中でかなり混乱していた法哲学についての理解が少し整序されて,勉強になった。メタ倫理学の世界をちょっと覗いてみたいと思う。

租税法(神山)。彼自身のいい意味でぶっ飛んだ研究を脇において,オーソドックスな租税法の内容をきちんとまとめてくれている。文献の選択も的確。私が選ぶとしても,大体同じものになると思う。それにしても,これを読んだ上で彼の授業に臨む学生は,驚くだろう。こういう研究者を輩出できるのが,租税法のいいところ(私から見て彼は同門の少し後輩にあたり,常に一緒に議論しているメンバーの一人)。 分野の枠にとらわれずに,知的好奇心を極限まで満たしたい人は,是非租税法研究者を選択肢に入れてほしい。

経済法(大久保)。前任校での同僚であり,学問に対する真摯な姿勢,教育にかける情熱には学ぶことが多かった(というか,書かれたもの等を通じて今も学んでいる)。私が予告なく経済法学会を傍聴しに行った時,報告者として壇上にいるのに,傍聴人の私を発見してくれた。そのくらい余裕がある人物である。今回の記述は,会社法と知的財産法に絡む事案を素材としての経済法入門で,大久保さんの授業を聞いている感じがした。紹介されている公取委のホームページに出ている資料を読んでみようと思う。

知的財産法(小島)。大学時代・研究室の2年後輩。本当に義理堅く男気のある人で,ちょうど20年前の彼(及びその友人であり現在の彼の同僚である平山賢太郎)のある件に関する配慮を私は忘れない。今回は,ファッションを素材として,知的財産法がどのように社会と関わっているか書いている。あえて,知的財産法の枠組みやテクニカルタームに関する叙述を極限まで減らして,背景にあるファッション自体についてしっかり書き込んでいるところに彼のこだわりと覚悟を見て取った。私の妻がやはり一定の覚悟を持って執筆し公表した論文を引用してくれているのも大変嬉しい。

環境法(島村)。研究室の先輩であり,また,今は同僚として大いにお世話になっている。昔から環境問題に関心があったものの,あまり勉強しないままであったのだが,島村さんからどういうことが問題となっているか教えてもらい改めて関心が再燃している。とりわけ学んだのが,環境問題の難しさ。一定の経済発展を所与とせざると得ないこともあるし,また,複数の環境問題に対する対策同士のトレードオフの問題もある。色々な熱い思いがありつつも,叙述においては正確かつバランスが取れていて,研究者としてこういう風になりたいと思う。今回の『法学の世界』の島村さん担当部分もそう。これを読んで環境法の勉強を始める人がうらやましい。

国際私法(横溝)。公私ともにお世話になっているだけでなく,ビジネス・ローの研究者・大学人としての振る舞いについてお手本にしている先輩。私の書いたものをそれが不十分なものであっても読んでくださり,そのことが私が研究を進める上での大きな推進力になっている。『法学の世界』では,本文では極めて的確な正統派の国際私法の内容紹介をしておられ,その上で,文献紹介でかなり本音ベースのことが書かれていて,その落差が面白い。改めて,ちゃんと勉強しないと,と思う。

ここに挙げたものだけでなく,本全体として強くお勧めできる。ぜひ,一人でも多くの方に手に取っていただきたいと願っている。







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